白龍(東京都品川区京浜急行北品川駅もしくは新馬場駅付近)
風邪をひいてしまい体調が思わしくない。
さて、自分が2001年に松戸のクラウンにて少々失敗してしまったことで、その頃、松戸のクラウンでよく打っていた機種を求めてあちこちさまよい歩くことを余儀なくされていた。
クラウンでよく打っていた機種とは、いつものメタルアーミーSVRと海百景などである。
海百景はともかく、メタルアーミーの方は割と多くのホールに設置されていた。
その中でも、より良い状態のホールを探していたのである。
北品川にかつて存在していた白龍というホールにも、メタルアーミーSVRは設置されていた。
もっとも、自分が望んでいた状態とは程遠い状態ではあった。
まず、ヘソはガチガチ。どうやったら入るのだろう?といったたたずまいである。
さらに、そんなヘソの状態でも間違って当たってしまった場合に備えてか、電チュースルーもまず通らないようキッチリ締められていた。
そんな状態でも、とりあえず打つことは打ったのだが。
客はほとんどいない。
ただ、一人だけじっくり打っているおばちゃんがおり、打っていた機種は三共の普通機のモンキッキだった。
モンキッキは茨城の荒川沖センターでよく打った。
一度などは、先に打っていたおじさんに電車の時刻をきかれ、そのお礼だかなんだかで台を譲ってもらったことがある。
そのおじさんは小箱で1つ出していたが、よく考えてみたら荒川沖センターは定量制であり、一人4000個までではなく1台につき4000個までというルールだったので、1箱出た状態からのスタートはビハインドを背負っていたのだったが。
モンキッキは、自分の知る限り、普通機としては厳しい部類だったように記憶している。
当たり穴に入り、逆立ちしたサルが上を向いてもすぐに戻ってしまう。
サルの手に入ればもう一度5回開きチューリップが開くのだが、そのうまみを生かしきれないということになる。
それでも、自分とモンキッキとは相性が良かった。
南千住付近の某ホールで打っていた普通機のエンブレムだと常に泥沼化してしまうのだが、モンキッキでは出玉を得て帰ることが多かったように思う。
比較的厳し目の機種だったから甘い調整が多かったせいだろう。
投資はだいたい1~500円程度。
それでじっくり時間をかけて、4、5時間かけて800~1000個くらい得て帰る。
そんな風に、出玉を搾り出すようにして打てた時代が、あの頃までにはあった。
いかにも、パチンコらしいパチンコだった。
三共は近時、モンキッキとほとんど同様のゲーム性を持つ普通機、うちのポチを出している。
これもモンキッキと同じく、じっくり打って楽しめるものだった。
これは千葉県松戸市の北小金駅前のホールでよく打った。
過去形になどしたくないのだが、一台一台、絶妙な釘調整ができる釘師がほとんど廃業してしまっている今、普通機をまともに打てるホールも同じように滅んでしまっている。
パチンコ玉1個1個の重みを痛感しながら打つことが、遠い昔のことになってしまった。
さて、自分が2001年に松戸のクラウンにて少々失敗してしまったことで、その頃、松戸のクラウンでよく打っていた機種を求めてあちこちさまよい歩くことを余儀なくされていた。
クラウンでよく打っていた機種とは、いつものメタルアーミーSVRと海百景などである。
海百景はともかく、メタルアーミーの方は割と多くのホールに設置されていた。
その中でも、より良い状態のホールを探していたのである。
北品川にかつて存在していた白龍というホールにも、メタルアーミーSVRは設置されていた。
もっとも、自分が望んでいた状態とは程遠い状態ではあった。
まず、ヘソはガチガチ。どうやったら入るのだろう?といったたたずまいである。
さらに、そんなヘソの状態でも間違って当たってしまった場合に備えてか、電チュースルーもまず通らないようキッチリ締められていた。
そんな状態でも、とりあえず打つことは打ったのだが。
客はほとんどいない。
ただ、一人だけじっくり打っているおばちゃんがおり、打っていた機種は三共の普通機のモンキッキだった。
モンキッキは茨城の荒川沖センターでよく打った。
一度などは、先に打っていたおじさんに電車の時刻をきかれ、そのお礼だかなんだかで台を譲ってもらったことがある。
そのおじさんは小箱で1つ出していたが、よく考えてみたら荒川沖センターは定量制であり、一人4000個までではなく1台につき4000個までというルールだったので、1箱出た状態からのスタートはビハインドを背負っていたのだったが。
モンキッキは、自分の知る限り、普通機としては厳しい部類だったように記憶している。
当たり穴に入り、逆立ちしたサルが上を向いてもすぐに戻ってしまう。
サルの手に入ればもう一度5回開きチューリップが開くのだが、そのうまみを生かしきれないということになる。
それでも、自分とモンキッキとは相性が良かった。
南千住付近の某ホールで打っていた普通機のエンブレムだと常に泥沼化してしまうのだが、モンキッキでは出玉を得て帰ることが多かったように思う。
比較的厳し目の機種だったから甘い調整が多かったせいだろう。
投資はだいたい1~500円程度。
それでじっくり時間をかけて、4、5時間かけて800~1000個くらい得て帰る。
そんな風に、出玉を搾り出すようにして打てた時代が、あの頃までにはあった。
いかにも、パチンコらしいパチンコだった。
三共は近時、モンキッキとほとんど同様のゲーム性を持つ普通機、うちのポチを出している。
これもモンキッキと同じく、じっくり打って楽しめるものだった。
これは千葉県松戸市の北小金駅前のホールでよく打った。
過去形になどしたくないのだが、一台一台、絶妙な釘調整ができる釘師がほとんど廃業してしまっている今、普通機をまともに打てるホールも同じように滅んでしまっている。
パチンコ玉1個1個の重みを痛感しながら打つことが、遠い昔のことになってしまった。
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