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ロイヤル(埼玉県蕨市蕨駅前)

かつて、羽モノというパチンコの1ジャンルが健在だった頃、その日のパチンコのシメとして羽モノを打つということが多かった。

まず、朝はギャンブル性の高い機種を打ち、そこで芽が出なければ夕方前くらいには現金デジパチに移動し、最終的に羽モノに落ち着く。
つまり・・・丸一日パチンコを打っていると、まあそんな具合である。
2000年を過ぎるくらいになると、朝から羽モノ一本、ということも多くなっていったのだが・・・。

今現在も、羽モノはあるにはある。
最近は、トキオのリメイク機が少々人気があるようだ。

しかし昨今の羽モノはどうにも打つ気になれない。

別に自力ラウンド継続が不可能であるとか、賞球が少ないとか、そんな理由ばかりではない。
役物のステージが広すぎて、玉の動きがあまりにも偶然性に左右されがちになるからだ。
直近のものでもっとも打った羽モノは京楽の水戸黄門だったが、これもステージの広さに辟易したものだ。

そうして羽モノから離れ、落としどころをなくした自分は、最終的に1パチに、ということが大半となっている。
千円二千円使って、運よく千円も勝てれば、という勝負であり、それは過去に羽モノを最後のシメとして打っていたときと同じような期待感だ。

ただしパチンコとは、「落としどころ」がどうだとか言って、無理に打つようなものでは本質的にはない。
パチンコとは、元来、自ら好きこのんで打つものなのだ。
その日一日をやり過ごすなどといって、強いられて打つようなものであるわけがない。


埼玉県蕨市に某系列店がオープンするまで、蕨の駅前の王様といえば、ロイヤルだった。
それ以外の近隣の店舗、現在も営業を続けているナイアガラやWINSの前身たる日本などと凌ぎを削りあい、それでもロイヤルは蕨の王様だった、時期があった。
もっとも、自分はロイヤルよりも、その2店の方が好きだったのだが。

ロイヤルに初めて行ったのも、ナイアガラからの流れだった。
ただ、流れだったとはいえ、全くの無目的だったわけではない。
ロイヤルには西陣のCR忍々丸EXが設置されていたからだ。

この頃、CR機は一般的に暗黒時代と呼ばれている確変継続回数のリミッターがようやく事実上解除され、海物語3の登場もあってCR新機種の人気が復活しかかっていた時期だった。

自分はといえば、西陣に対する偏愛というのはさておいて、海物語には手を出さなかった。
それは、常々ここに書いていることだが、海3の確率は1/315.5であるとして、ただでさえ大きな分母に小数点が付いていたからである。
繰り返しになるが、2/631にもなれば収束までの試行を多く要するようになり、タイミングによってはその日一日が終わってしまう。

思えば、当時の三洋以外のCR機も、1/315.5とするものが多かったように思う。
そして・・・今のパチンコも、実質分母の事を考えると恐ろしくなるくらいの、.1だとか.7だとかいう妙な小数点が付いているものばかりだ。

それに対し、当時の西陣のCR新機種の分母は、1/317のように分母に小数点が付いていなかった。
自分が西陣のCR機を選択するのは、その理由だけで充分だった。

忍々丸についていえば、CR機だけで3スペック出ていたかと思う。
それぞれ、出玉数、ヘソ賞球数が異なっており、導入しようとする店舗の遊戯ルール、無制限かラッキーナンバー制か、一回交換か、そういったものに対応するための、スペック違いだったようだ。

さらに忍々丸は現金デジパチでも出され、これは多言を要しない神スペックだったのだが、これについては過去に述べた。

まあ要するには、自分がロイヤルでCR忍々丸EXを打ったのは、自分の好きな忍々丸を、ノるかソるかのCR機として打ってみたかったからだった。

そして大概の場合、遊び半分で始めたことには、結果が伴わずに終わりがやってくるものだ。
というか、その日はナイアガラでの勝負の後だったこともあり、疲労を蓄積してからのロイヤルだったので、例によって頭痛に襲われていた、というのも駄目だった理由の一つだろうか。

そして頭痛を抱えたまま、その日のシメに向かう。
別に無理して打つ必要などないというのに。

シメとして打ったもの、それは当時でも設置がほとんど見られなくなっていたニューギンの羽モノ、スクランブルジェットだった。
これもロイヤルの目当ての一つだった。

スクランブルジェットという羽モノは、一見して普通のヒコーキタイプなのだが、ちょっとした特長をもっていた。
最終ラウンドにも役物奥に玉が貯留され、ラウンドが終了して貯留が解除されたときに、チャッカーに玉を入賞させ鳴かせれば、1ラウンドから大当たりが再開したのだ。
そういった連チャン性を備えた羽モノが、スクランブルジェットが世に出た当時には割と多くあったように思う。

頭痛に悩まされながら、へとへとになりながら。
無理して打つ必要などない・・・などと先述したが、それでも、当時のパチンコには無理してでも打つべき理由があった。


ここで今、打っておかなければ、いつ打てるかわからない。

そんな、一期一会。


すり減り切った自分にしてみれば上出来な、2000個ほどの出玉を得て、その日は終わった。
そして、スクランブルジェットともその日が最後となった。


最後にロイヤルに行ったのは、今年2012年の初頭。
ナイアガラに春夏秋冬2005GLが健在であった(今もそうだろうか)ため、半月に1回ペースで蕨を訪れていた。

だがその日はナイアガラが新装であるため、開店が昼からであるとのこと。
仕方なく・・・そう、仕方なくどこかで開店までの時間をやり過ごさなければならなくなった。

そこで懐かしのロイヤルに行ってみれば、昔の面影は店舗外装に残されるのみの、至って今風の普通のパチンコ店。
記憶の中のパチンコ店は、どれも広く記憶されるものなのだが、客がほとんどおらず、がらんとしているにも関わらず、現実のロイヤルはあまりにも小さな店舗だった。

かつて、スクランブルジェットが設置されていたシマには、海の地中海甘デジが設置されていた。
そこでナイアガラの開店までの時間を、5000円ほど消費して、やり過ごした。

それこそまさしく、無理してやるべくでもない、そんな勝負だった。
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Author:花百景
とある中年による趣味のブログです。
ネタは主にパチンコの昔と今、プログレなど。

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